爺の世間ばなし

思いつくままのお喋り

2025-01-01から1年間の記事一覧

笑いが一番

免疫学の権威で新潟大学の安保教授(故人)の講演で、笑うことは体の免疫力を高め、血液の流れも活発になって元気になるので、笑わない人にはコチョコチョしてでも笑わせなさいと。 現役時代、上京の折には、新宿の末広亭や上野の鈴本演芸場で何日分も笑ってき…

小学生時代の通学道路

県北の田舎の小学生だった昭和14年~20年当時の通学道路といえば、砂利道で道幅は4メートルほどだったろうか、荷物を運ぶ馬車か牛車が往来する程度の田舎道である。 自動車などには縁がなく、たまに停車中の貨物自動車を見かけると一目散に近寄り発車し…

転 倒

10月10日は「てん(10)とう(10)」(転倒)と読む語呂合わせから転倒予防の日とされ、平成16年に発足した転倒予防医学研究会(現:日本転倒予防学会)が制定したとある。 年を重ねると転びやすくなり、骨折などのけがをしやすくなる。特に高齢者は足腰…

母の実家で

昭和10年代、小学校低学年の頃の爺は、春、夏、冬休みのほか、春と秋の農繁期休みになると、しつけのために、呉服店だった母の実家で過ごしていた時のことを時々思い出す。 当時の母の実家のある町内には薬屋さん、八百屋さん、お茶屋さん、お菓子屋さん、…

マイカーからタクシーに

昭和45年6月、普通車の免許取得から令和4年8月に免許並びに自家用車の返納まで52年間楽しませてもらった。最初に出会った中古の三菱コルト1000を改めて懐かしく思い出す。 運転免許を返納して3年になるが、徒歩、タクシー、バス利用の生活もすっかり慣…

鉄道官舎への思い

「はてなブログ」への引越しが終わり、今日が第一回目の投稿になります。「グーブログ」で訪れていたただいた皆さんに改めて感謝申し上げ、引き続きお立ち寄りください。 父は旧国鉄マン、少年時代の大半を過ごした黒い木塀に囲まれた2軒長屋の鉄道官舎は、…

しつこいコロナ(2)

今も新潟県民をいじめ続けているコロナ君に爺も家内も先月下旬に襲われてから10日間は外出を控えて過ごした。食料はネットスーパーを利用てるので生活に支障はなかった。五日間は、37度台の熱と咳と痰が続いたが、日中はいつもどおり着替えて、味覚は少…

修学旅行

小学生時代は大東亜戦争中、中学高校時代は敗戦後の食糧難だった爺、昭和十八年五年生の春だった、汽車を利用した日帰りの修学旅行が、最初で最後の修学旅行となった。五年松組は五十数人、大部分の生徒は汽車に乗るのが初めてとあって、屋内運動場に、改札…

小学校低学年時代

小さな田舎の小学校を卒業した昭和20年から今年で80年になる。戦時下で卒業アルバムはないか、脳の片隅に長いこと保存されている当時の情景を思い浮かべることがある。昭和十四年四月の入学式当日は、とてもいいお天気だった。爺は母と、隣の一雄ちゃん…

五つ玉ソロバン

昭和10年文部省の教科書改定で小学校での「ソロバン」が必修となり,この時に五つ玉から四つ玉に、五つ目の玉はあってもなくても意味がないので、不要な玉として取り除かれたのである。昭和17年、国民学校4年生の時、四つ玉ソロバンを持っていない生徒に…

名前を忘れる

92歳ともなると、「物忘れ」「置き忘れ」「云い忘れ」「ど忘れ」など「忘れる」ことが確かに激しくなった。 特に人の名前を思い出せなくなった。あの人、なんて言ったっけ、顔は分かるんだが……」「もしかして○○さんのこと?」「そうそう、○○さん……」、こんな…

しつこいコロナ

8月27日朝のこと、喉がヒリヒリ、平熱35度8分の爺が38度もあった。多分エアコンによる冷えで風邪かと思いながら、かかりつけの医院での検査結果コロナ陽性だった。翌28日は嫁いだ孫娘夫婦と二人のひこ孫が来る日であった。コロナ禍でひこ孫との初顔合…

高齢者標識

70歳から89歳で免許返納するまで、道交法に基づく義務としてマイカーの前後にお供えしていたが、もみじマークを枯葉マークと言われ評判が悪くて四つ葉マークに変わった。高齢者マークは高齢ドライバーが車両に表示することで、高齢者が安全に行動できる…

8月は

16日、家内が92歳の誕生日を迎え爺と同い年になり、家内は要介護1、爺が要支援1に認定されている。家内は3か月ごとに、爺は40日ごとに主治医の診察を受けている。18日、自動車運転免許証とマイカーを返納してから3年になる。今は目がかすみ、遠くの人…

お墓参り

13日にお先祖様の霊をお迎えして今日は3日目となり明日はあの世へお帰りになる、今年は一足早い11日に6月24日に引っ越ししたばかりの新しいお墓へのお参りを済ませた。今年は墓参りで熱中症になり、亡くなる人がおられ、新潟県五泉市では今月4日、60代の男性…

高校野球雑感

今年の大会は例年より1日長い18日間としたり、開幕日は気温の高い昼間を避けて開会式は午後4時から、開幕試合は午後5時半からの1試合のみとしたとは、良かった。高校球児のユニフォームはシンプルだったが、60年代からはよりカジュアルな雰囲気に移行、近年…

92歳のこの頃(2)

昭和8年生まれの爺も人並みに成長期と成熟期を経て、70歳、80歳、厳しかった90歳の壁を越え、長生きだった母が亡くなった時の年齢に達した。今のところ認知機能に大きな支障はなさそうだが、目には見えない体のあちこちで老化は容赦なく進んでいる。記…

夏のボヤキ

暑い毎日が続いているね、当局から頻繁に熱中症アラートが発令され注意を喚起している。爺は今日もエアコンの前で飲みたくもないお水を飲みながらの一日になりそうだ。あるタクシー運転手が曰く、寒いのは厚着をすれば暖かくなるが,暑いのは裸になっても涼し…

お墓の引っ越し(2)

6月24日に長年住み慣れた地を離れて見知らぬ地への引っ越した仏様も戸惑っていたかも、あれから一か月もう落ち着いたであろう。年齢順で言えば、次は我が身が入るお墓でもある。両親と兄弟の遺骨は、家内の故郷てある上越市の良運寺に新設した墓に納めた。…

週刊誌

病院や理美容店の待合室には複数の週刊誌が備えられ、番が来るまで読みながら待っていたものだが、最近は高齢者もスマホを操作している姿が目立ってきた。よく読まれている週刊誌は、男性は「週刊文春」「週刊新潮」、女性は「女性セブン」「週刊女性」「女…

定期検診(3)

爺が定期的に受診している内科医院は名医かどうか分からないが、患者さんが多い。診療開始は9時から受付が始まる8時30分には20人ほどが、入り口前でドアの開くのを待つ。診察時間になる頃には待合室に30人以上が番号札をもって座っている。爺は何時…

定期検診 (2)

67歳で現役をリタイアするまでは、職場で年に一度、身体計測、血液検査、胸部X線、尿検査など基本的な定期健診と何回か人間ドックを受けながら健康管理されていた。リタイア後は風邪で受診する主治医で何回かは血液、尿、内視鏡検査をしていたが、特に異常…

92才のこの頃

夫婦ともに補聴器を着用しての生活は、お互い聞き返しながらの日々である。この頃はとみに聞こえが悪くなり、週二回の仲間(9人)との集いでも、みんなの声が聞き取れなくなった。時々、爺の足で歩いて10分程のコンビニとスーパーへ買い物に出かけるが、こ…

お墓の引っ越し

6月23日、故郷にある両親と3人の兄弟を納めたお墓じまい、翌24日には新設のお墓に納骨を済ませて、懸案だった我が人生最後になるだろう大仕事が無事に終わりホッとしている。この度のお墓じまいに関する一切の諸手続きは長男が進めてくれたことに感謝…

人気のセリーグ・実力のパリーグ

セントラル(中央)は自分たちが正当な連名であり、主流であるという意味で、パシフィック(太平洋)は国際的な視野を持つという意味から名付けられたそうである。少年時代から巨人ファンだった爺は、巨人の所属するセントラルのファンである。パリーグのテレビ…

巨人と長嶋

少年時代は川上に、青年時代は長嶋に憧れた巨人ファンの爺も、92歳の今は寝床に横になって観戦しながら眠りの世界へ導かれる。翌日の新聞で巨人勝利の記事だけを繰り返し読んでいる。爺と同年代の長嶋さんが旅立たれたのは6月3日、午前6時39分という、背番号…

6月も中旬

今日6月15日は次男が61歳に、20日には長男が66歳の誕生日を迎える。長男には3歳と1歳の孫が、次男には2歳の孫がいる、ひこ孫たちは爺を何と呼ぶだろう。東京板橋にいる次男が、9日から3日まで帰省して部屋の大掃除をしてくれた。寄る年波で日頃は…

逸話の多い職員

毎年4月1日付で新潟県の新規採用職員は県庁(本庁)で辞令を交付していた頃のこと、交付会場へ配属先の人事担当職員が出向いて職員との面談が行なわれ赴任に際しての説明をしていた。1982年(昭和57年)4月1日、爺が新採用のS君を迎えに行って面談をし…

定期検診

年に2回~3回、風邪をひく程度で息災を自負していた爺も人並みに寄る年波に勝つことが出来ず、2017年7月10日救急車騒ぎをして痛風と診断されてから、一日一錠の薬を飲むようになった。翌年年8月23日、突然の強い胸の痛みに襲われまたもや救急車騒…

大相撲への思い

大相撲は、学生相撲出身力士は半数以上が関取に昇進するが、全力士600人ほどのうち関取昇進の確率は8~10%だそうで、幕下まで昇進したら成功したともいわれている厳しい世界である。現在の我が新潟の郷土力士は9人(幕下2人,3段目5人、序二段2人)だけ…